≡ヴァニティケース≡

「お送りしまっさかいに、奥さんは病院に行ったげとくんなはれ」


 刑事たちはこの惨憺サンタンたる現場から家人を遠ざけようと考えたらしく、ミレイの元に行くよう鈴奈を促した。


 犯人はまるで束ねた藁でも切るように、次々と伊藤家の人々を切り捨てた。その動機は怨恨か物盗りか、いずれにせよ尋常な人間のする事ではあるまい。


 喩えホラーでもスリラーでも、それら小説の描写が真に迫っていられるのは、本を閉じればそこに普段通りの日常が有るからこそだ。その安心が無くしては、作家も描写し切れまい。本の中の凄惨もテレビの向こうの暴戻ボウレイも、我が身に起きたならそれは、100パーセントの現実なのである。


「こんなんを見せっしもうたら、ショックで往なはるやも知れん……」


 改めて現場を見回した篠崎は、独りそう呟いていた。



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