≡ヴァニティケース≡
鈴奈が病院に駆け付けた時、既に処置室のドアは堅く閉ざされていた。
そこは古い病院だった。設備の老朽化で換気が行き届いていないのか、廊下の空気は澱んでいて、消毒液の臭いが強く鼻を突く。冷たいフロアタイルの感触、寂しい蛍光灯の明かり。およそ病院とは、訪れた者に冷徹な印象を与えてしまうものらしい。
「……ちゃんミレイちゃんミレイちゃんミレイちゃん。うちの大事な娘を助けたって……」
手術中のランプが灯る処置室の前で、鈴奈は呪文のように繰り返し繰り返し我が子の名前を呼んでいた。ぎくしゃくと暴れる心臓の音が、そのまま言葉のリズムとなって吐き出されている。自らの命を司る臓器が、しかし持ち主の制御の外だった。
「奥さん。大丈夫ですか?」
不意に茫漠とした不安の外から、誰かの声が聞こえてきた。