≡ヴァニティケース≡
「ここ2、3日がヤマでっさかいに、キモぉ据えたっとくれやす」
「そんな……」
医師の言葉は鈴奈を打ちのめすのに充分だった。罪もない幼子が助からないとは、この世には神も仏も無いものか。しかし喩え無力な人間でしかなくとも、鈴奈は親として片時も娘の側を離れるべきではないと、強くそれを思った。
「ミレイちゃん。死んだらあかん」
意外にも鈴奈には係累が少ない。財産目当てで近付いてくる親戚達を日頃から遠避けていたからだ。終始面倒至極な親戚付き合いよりも、血を分けた家族を大切にしてきた結果だと言ってもいい。
従って家へ帰ろうにも帰るべき場所どころか、待っている人さえ居ないのが現実だった。煩わしさと寂しさが表裏一体である事は知っていても、家族を全て同時に失う状況を予測出来る者は少ない。この上我が子までもが逝ってしまったら、鈴奈は天涯孤独の身になってしまう。
「ミレイちゃん、気張ったりぃや。ミレイちゃん、頑張んなはれ……」
鈴奈の呟きは虚しく廊下に響いただけだった。