≡ヴァニティケース≡

「はぁぁ……。また蒔田のオヤジから嫌味を言われちゃった。ほんとあの人、どうにかならないのかしら」


 資料室を出て事務所へと戻る途中、美鈴は視線を宙に据えて大きく溜め息をついた。


 運良く廊下には誰も居ない。ふと視線を床に落とせば、中庭に植えられた糸桜が夕陽をまだらに遮り、足下にモザイク模様をこぼしている。


「ふぅ……」


 美鈴はここ数日間に渡って伊藤鈴奈の事件の詳細を調べ続けていた。だが、およそ古いブランケット誌面にはありきたりな内容の記事が多く、また海運王一家惨殺事件と書かれた派手な見出しばかりが目立ち、真に欲しい情報はひとつも見当たらない。


 さすがにゴシップタブロイド誌にまで目を通す気持ちが無かった美鈴の足は、自然と図書館へも向かなくなっていた。



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