≡ヴァニティケース≡

 思えばヴァニティケースに残された写真の調査に取り掛かってから、生活の全ては狂い始めた。その事で鬱ぎ、落ち込む位なら、やはりあの写真は捨てるべきだったのか。毎日が憂鬱だと、人は何かしらの所為にしたがる生き物だ。夕闇に映る我が家も、暗く沈んだシルエットで美鈴を迎えていた。


「えっ? 何?」 


 空腹を満たすためだけに掻き込むコンビニ弁当を携え、美鈴が2階へ上ろうとした時だった。階段から覗いた自分の部屋の前に見知らぬ男が佇んでいる。男はパーカーのフードをすっぽりと被っていて体格以外は表情も年齢も解らないが、それだけに近づき難い。美鈴は気付かれないよう、咄嗟に息を殺す。


 見れば男はジーンズのポケットからジャラジャラと垂らしたチェーンと、鋲を一面にあしらったウォレットを覗かせ……そう、あの隆二と同じ【遊び人】の匂いをふんだんに漂わせている。そこには何か謂れのない悪意が秘められていそうで、美鈴は更に身を固くした。


「嫌な感じだわ、何の用かしら……」


 しかし、詰め寄って逆に刺されでもしたら目も当てられない。美鈴はアパートの周りを回って、その怪しい人物をやり過ごす事にした。



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