≡ヴァニティケース≡
「……はっ……はっ……どうしよう……」
溜め息が浅い呼吸へと変わり、もう何周目かの頃。男は忽然と部屋の前から消えていた。あの男は一体何の目的で美鈴の部屋を窺っていたのか。身に迫る危険に対しての物差しがない美鈴は、ただ漠然とした恐怖を覚えるより他にない。
部屋に戻った美鈴は、コンビニのレジ袋を玄関に放り出したまま、暫く息を潜めていた。居なくなった男は、しかしまたいつ戻ってくるかも解らない。彼女は帰宅した事を悟られないよう電気も点けず、ひたすら恐怖に怯えるばかりだった。
はっきりと瞼に残っているのは、怪しく危険な男のイメージだ。あのパーカーの中には、ゴツゴツとした太い腕と浮き出た血管が息づいているに違いない。その大きな掌は、女の首程度なら簡単に握り潰してしまうだろう。男など営業成績を競えば取るに足らない生き物だが、しかし単純な腕力で争えば全く敵う筈もない。女にとってはそれが一番の困り事だ。
ドンドン。
すると突然、玄関のドアが鳴った。恐らくあの男が戻ってきたのだ。玄関を入る時は充分注意していたつもりだったが、きっとどこからか見られていたに違いない。