≡ヴァニティケース≡
予期せず響いてきた大きな音に、美鈴は思わず息を飲む。眉間から首すじに走った戦慄が激しい動悸となり、ドクドクとこめかみの血管まで戻ってきた。呼吸が乱れているのが自分でも解ったが、今は息を潜めているより他にない。
ドンドンドン。
だが、ドアの音は止む気配を見せなかった。バッグから携帯電話を取り出し、警察に通報する準備をする。例えドアが破られても、110番と通話が繋がってさえいれば、警官がすぐに駆け着けてくれる。
ドンドンドンドン。
「ぃ……ゃ……」
美鈴がいよいよ携帯電話のボタンに指を掛けた時、ドアを叩く音がしなくなった。そして入れ替わりに聞こえてきた声には聞き覚えが有る。
『おかしいな。まだ美鈴くんは帰ってないのかな』
美鈴は転げるように玄関へ向かうと、ドアに向かって叫んでいた。
「先生! 石田せんせぇぇ……」
安堵と同時に全身の力が抜けて、膝が落ちそうになる。その声も終いには涙声になっていた。