Distance‐マイナス5cm‐
「のん、泣かないで。泣かせたかったんじゃないんだ……。幸せになれ」
あたし、泣いてなんかいない。
泣くわけないじゃん。
ねぇ、夢でしょ?
夢なんだよね?
誠はあたしの頭に積もった雪を払ってくれた。
「俺、のんと付き合えてスゲー幸せだった」
そう言った誠は、久しぶりに、あの悪戯っ子みたいな笑顔をした。
あぁ……
誠がこんな風に笑ったの、本当に久しぶりだ。
いつもニヤけた笑いを浮かべてた。
いつも大声で笑ってた。
いつも優しく笑ってた。
バカ殿って呼ばれてた、そんな誠の笑顔を奪っていたのは、あたしだったね……
そう思ったら、涙が次から次へと溢れてきた。
ううん、ホントはさっきから泣いていたんだけど。
泣きたいのは、誠のハズなのに……。
「絶対、幸せになれ。俺もなるから、意地でも」
誠はあたしの左手を取り、優しく握った。
そしてあたしの薬指から、指輪を外した。
去って行く誠の後ろ姿が見えなくなっても、あたしはその場所を離れる事が出来なかったんだ。