ジェフティ 約束
 二人は森の中を慎重に歩いていく。
 寒さが厳しかった冬が過ぎ、村ではもう春の気配が感じられたが、ベチカ山脈から今も染み出す冷気が、ヘロデヤの森にまだ雪の白い形となり、その痕跡を留まらせようとしているようだった。
 ラルフは、足もとの凍りついたぬかるみに足をとられずるずるとすべる。そんな息子を横目で見ながらも、ダルクはけして手を差し伸べることはない。
 それよりも、先ほどより前方から流れてくる、森には似つかわしくない甘い香りに、ダルクはなにやら胸騒ぎのようなものを感じていた。
 ラルフもその気配を感じ取ったのか、身をかがめ森の奥を凝視している。
 ダルクは立ち止まり、自分の後方でじっと神経を研ぎ澄ましているラルフに、「何か、感じたか」と小声で話しかけた。
 デシャットフォルクの毛皮がふわっと風で揺れる。それはこの土地に生息する、毛足の長いダブルコートで体を覆った灰色のイタチで、その毛皮はテルテオの貴重な収入源の一つであった。その毛皮をあしらったフードを目深にかぶり、ラルフはその奥できらきらと輝くアズライトブルーの双眸をすっと細めた。
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