ジェフティ 約束
 ――あの色が、今、オレを惑わせているのか。
 頭を振ってその思いを消し去ろうとする。しかし、体の奥底から郷思が沸きあがってくることは抑えることができなかった。いつしか自分の心の沼地に一歩一歩近づき、沼地から溢れた水が彼の足元をぬらしていた。

 ――アス……。

 沼地の向こうから、可憐な声音が聞こえてくる。水面をすべる水鳥のように、するすると渡る風のように、その声はアスベリアの体をそっと包み込んだ。
 雨に濡れたうなじの白さが、唇のぬくもりが、小鳥のような微かな震えが、その存在が幻ではなかったことをアスベリアに思い出させる。
 ソファーの背もたれに身を預けてその光景を思い出し、その時心に刻んだ誓いを再びその手についた鮮血で書き記す。
 ――オレはけして許されることはない――と。許しを請うべき人は、もうこの世にはいない。
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