ジェフティ 約束
第5章 苛む笑顔

■5-1 奇襲

 アスベリアは血のりのついた剣を一振りし、めまぐるしく変わりゆく己の状況について考えをめぐらせていた。
「一体、何が目的だ」
 目の端に、この殺伐(さつばつ)とした風景にそぐわないものが横たわっているのが映っている。スノーレパードの豪奢(ごうしゃ)な灰白色地に美しいまだらが散った毛皮の襟飾りが、どす黒い血でぬらぬらと彩られている。まるでモノクロの風景にそこだけ絵の具を落としたかのような、鮮烈な色合いだ。その側で、女のような甲高い悲鳴を上げ、アスベリアに助けを求める細面の男が、山賊の格好をした男に追い立てられていた。
「うるさい」
 アスベリアの綺麗に並んだ歯の間から、苛立ちが言葉となってもれ出た。
 先ほど命乞いをしながらも無残に切り殺された、ナーテ公の死体を一瞥する。アスベリアはナーテ公を助けようともしなかった。雨の降りしきる中でも目立つ純白の馬車から、山賊どもはナーテ公だけを引きずり出し、跪(ひざまず)く公をあざ笑うかのように切り捨てた。アスベリアの目の前で。
 ――まるで公開処刑のようだ。
 その死にすらアスベリアは何も感情を揺さぶられることはなかった。しかし、現状は確実に彼を窮地(きゅうち)に陥れていた。
 ――この状況を後に話せるものがいないというのは確かだろうが、しかしオレが公を見殺しにした事には変わりない。戻ったところで処罰は免れないだろう。かといって、ここで死ぬのも御免だ。
 その時だった。アスベリアの雑念を吹き飛ばすほどの強烈な殺気が、彼の右肩に襲い掛かった。
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