ジェフティ 約束
 瞬間、アスベリアの足が力強く地を蹴った。たった三歩で相手の間合いに踏み込むと、鞭のようにしなって見えるというアスベリアの斬撃が、水溜りの水を掬い上げ、風を切る音と共に男の前に舞い上がる。
 ――受け止めろ!この一撃を受け止められたときが、オレの唯一の勝機だ!
 アスベリアの手首に、骨が押しつぶされるような衝撃が走る。まるで悪魔が持つ巨大な肉切り包丁のような刃から火花が散り、目の前を滑っていく。アスベリアの左手が、男の後頭部へと周り、力任せに引き寄せた。
 息が詰まった呻き声が、アスベリアの喉から漏れた。男の戦斧を握っていない右手の握りこぶしがアスベリアのわき腹にめり込む。それと同時に、男の顎にもアスベリアの折りたたまれた膝が叩き込まれていた。
 白く、視界が閉じていく。こらえ難いほど体が本能で逃げようと、夢の中へと落ちようとする。しかし、ここで気を失うということは、己の死を意味していた。
 ――だめだ、それだけは!
 アスベリアは、男の首にしがみつく様に身をあずけ、一気にその体を乗り越えた。男の体がぐらりと傾きのけぞる。アスベリアは己の剣から手を離し、両手を組んで渾身の力で男の側頭部に叩き付けた。一瞬前に衝撃が走った手首の骨に、またも鋼鉄のハンマーを振り下ろされたような硬い鋭い痛みが突き抜けた。

――くそ!力任せに殴りつけやがって……。

 男の口からも、アスベリアの口からも同様にうめき声が上がる。二人はもつれ合いながら、大きな水溜りの中へ倒れこんだ。派手に泥水が跳ね上がり、目から口から容赦なく入り込んできて、アスベリアは激しく咳き込む。アスベリアの口の中に、金属の味が広がる。男はそのままぬかるみに突っ伏すように倒れると、一度うめき声を上げたあと動かなくなった。
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