ジェフティ 約束
 その時だ。水溜りを勢いよく踏みつけながら、こちらに駆けて来る足音がアスベリアの耳に届いた。
「ア、アスベリア様!」
 声変わりを終えたばかりの、不安定なかすれた声。いや、緊張と恐怖で上ずっているのか。アスベリアは、少し体を起こす。
「大丈夫ですか!アスベリア様」
 駆け寄った人影が、アスベリアの傍らに膝をついた。
「ああ……」
「あの、おれ、アスベリア様の言いつけどおり隠れていて」
「無事だったか、イムン」
 アスベリアは全身に感じる痛みに顔をしかめながら、泥に没した自分の折れた剣を拾い上げた。
「イムン、お前は馬はもう使えるのか」
 イムンは一瞬きょとんとした顔をしたが、次の瞬間には表情を引き締め背筋を正した。
「はい、訓練は受けています」
 アスベリアは自分の泥だらけの手をイムンの頭に乗せ、その胸に折れた剣を押し付けた。
「隊の前のほうに、まだ馬が残ってるだろう。お前はこれをもってオルバーに向かえ」
 イムンのハシバミ色の瞳に狼狽が広がり、涙が盛り上がってきた。
「えっ、……でも、アスベリア様は……」
「俺は大丈夫だ。それよりも、この状況を早く報告しなくてはならない。お前にしか出来ないんだ」
 アスベリアは視線をちらりと横に向ける。その視線につられてイムンもアスベリアと同じ方向を見、そしてその瞳を見開いた。
「そうだ、ナーテ様が族に襲われお命を落とされた。だから……ぐあっ!」
「アスベリア様!」
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