ジェフティ 約束
「強いぞ」
 目の前に、グラスが差し出された。琥珀色をした酒がなみなみと注がれたそれを、アスベリアは躊躇(ちゅうちょ)することなく両手で受け取った。揺れる滑らかな表面に、ランプの明かりがきらりきらりと控えめに踊っていた。
 黄金に輝くグラスとは対照的に、泥にまみれた自分の両手は先ほどのままだ。こびりついた誰かの血が、手の甲に残っていた。泥水も頭からかぶっている。鏡など周囲にないからわからないが、今の自分は惨めなほど薄汚れて泥と返り血にまみれていることだろう。まだかすかに、生臭い血の臭いがする。
 アスベリアは、グラスに口をつけ酒を舐める。その時、自分の口の中が切れていることに気がついた。酒がやけに沁(し)みて痛み顔をしかめる。
「強い酒だと言ったはずだ」
 朴訥(ぼくとつ)とした言い方をする男だ。しかし、アスベリアを抜け目なく観察しているのはわかった。
 アスベリアは二口目を口に流し込んだ。辛味のある強い酒が、口の中いっぱいに広がった。
「……オレの部下たちは」
 アスベリアは真っ直ぐに男の目を見る。男の目には動揺も驚きも、感情の揺らぎすら何も変化はなかった。
「その場に置いてきた。特に必要はなかったからな」
 その為のカモフラージュ、山賊の格好だったということか。
「死体もけが人もか」
「ああ、そうだ」
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