ジェフティ 約束
 それは、後から通りがかる旅人はさぞや度肝を抜かすことだろう。
「……なんだ、お前が逃がした子供は見逃してやったぞ」
 ――それはまた愁傷なことだな。
 と、先ほどこの男に言われた言葉をそっくりそのまま返したくなった。先ほどの光景を再び思い出す。
 雨にぬかるんだ泥だらけの足元。打ち捨てられた松明。くすぶる炎に照らされる、無残に横たわる部下たちの死骸。その中の幾人かは、アスベリアの身を守るために、自らの体を盾にし命を落とした。
 ――オレにそんな価値があるのか。
 何のために命を懸(か)ける。死してなお、思うことを聞けるならば、きっと自分への恨み言ばかりなのではないだろうか。後悔は、すでにその時には遅い。使命や忠義は何の役に立つというのか。
 ――オレは後悔ばかりしている。悔やんでばかりいる。
 泥にまみれて血を流し横たわる、そんな姿をさらすことになったとして、果たしてその時笑って逝けるだろうか。満たされない心が、それを拒んでいる。
 未だ死を望まない。清く澄んだ心も、身体ももはや必要ない。この、今の状況を、自分の立場を利用し、欲しいものを手に入れてみせる。この足元に累々と積み上げられた屍も踏み越えて、自分の信じる姿を手に入れる。アスベリアは巫女姫の瞳の奥に揺らいだ、自分の沸き立つ野望が胸に炎となって灯ったのを確かに意識した。
 ――あれこそが、自分が望んだもの。本来の姿ではないか。
 アスベリアは背筋を伸ばし、正面から目の前の男を見据えた。
「……なんだ」
 男は酒を飲み続けている。その顎は痛々しいほど黒ずみ腫れあがっていた。
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