ジェフティ 約束
「……セオール殿下の命(めい)がなければ、お前を始末して身軽になるのだがな」
 男は本当に困った顔で、再びグラスを持ち上げた。この男は、心底悪人にはなれない性分らしい。アスベリアはそれが可笑しかった。
 アスベリアも、床に置いていたグラスを手にする。残りの酒を一気に口に流しこむと、喉が焼けるように熱を帯びた。
 瞳を閉じ、馬車の天井を激しく叩く雨音に耳を傾けた。やがて、雨音がアスベリアの身体をぐっしょりと濡らすかのように染み込んでくる。それは懐かしい記憶をつれて、死者が忘却のかなたから蘇るような、ねっとりとした空気を纏(まと)いながら、アスベリアの心の心の根底に埋もれた切ない想いへと迎えに来たのだった。
< 397 / 529 >

この作品をシェア

pagetop