夏雲
 一度だけ顔をあげて申し訳なさそうにアタシを見た。
 とても嫌な予感がしていた。
 そのとき、美嘉のケータイが鳴った。
「もしもし」
 美嘉は男の子と話すときにだけ使うかわいい声で電話に出た。
「うん、今ね、ガストにいるから。うん、ひとりだよ。どれくらいかかりそう? 五分くらい? うん、わかった。じゃあ、待ってる。え? 目印になるようなもの?」
 美嘉はアタシを一度だけ見た。
「髪はふたつくくりで、前髪がそろってて」
 美嘉は電話の相手に、アタシの髪型を説明してた。
「緑南高校の制服着てるから。うん、セーラー服だよ」
 美嘉はアタシの鞄についたパンダのぬいぐるみを手にとった。
 yoshiとおそろいで買ったぬいぐるみだった。
 アタシのはフツーのパンダで、yoshiのはパンダの白と黒が逆になっている。
 アタシの宝物だった。
「学校指定の鞄にパンダのぬいぐるみつけてるからすぐにわかると思うよ」
 そう言って、美嘉は電話を切った。
「五分くらいで来るって。最初のお客さん」
 美嘉はいつものトーンでアタシに言った。
「一時間か、二時間くらいかな。わかんないけど、あたしたち、あっちの席であんたが帰ってくるの待ってるから」
 美嘉はメイと凛を促して、三人はグラスとレシートを持って店の奥の席へ移動した。
「ねぇ、最初のお客さんって何? アタシ、これから何すればいいの?」
 アタシは美嘉に尋ねた。
 だけど、そのとき本当はアタシももうこれから何をさせられるのかわかっていた。
「ウリに決まってるじゃん」
 馬鹿じゃないの、と美嘉は楽しそうに笑った。
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