夏雲
「後ろに乗ってけばいいよ」
 yoshiはアタシを自転車の後ろに乗せてくれた。
 アタシは彼の腰に腕をまわしてぎゅっとしがみついた。
「朝練、遅刻しちゃうからちょっと急ぐよ」
 yoshiはそう言って、勢いよくペダルをこぎはじめた。



 背が高いからかっこよく見えるだけ。
 バスケが上手だからかっこよく見えるだけ。
 あんまりおしゃべりじゃないからかっこよく見えるだけ。
 高校でできたアタシの友達は真っ先に彼氏を作ったアタシをひがんで、そんな風にyoshiを酷評してくれたけれど、美嘉もメイも凛もアタシのシアワセを祝福してくれた。
 美嘉たちの言う通り、yoshiはよく見るとそんなにかっこいいわけじゃなかった。
 ほら、アタシはあんまりサッカーには詳しくないんだけど、Jリーグの選手にあんまり顔がかっこいい人がいないのに、かっこいいってサポーターの女の子たちにキャーキャー言われて、写真集まで出してる選手がいるのと同じ。
 キスだって上手じゃない。
 彼の十六歳の誕生日にはじめてエッチをしたときも、彼は自分が気持ちよくなることしか考えてないから、アタシはただ痛いだけだった。
 だけどyoshiの彼女だっていうだけで、女の子はみんなアタシを羨んでくれる。
 アタシにはそれがとても気持ちよかった。
 それがアタシの初恋だった。



 yoshiから、彼の友達のナナセって子が、アタシの友達の美嘉のことが好きらしいという話を聞いたのは一学期の終わりのことだった。
 バスケ部の練習が終わるのを、マネージャーでもないのに体育館の中で待つのがアタシの日課になっていた。
 汗ばんだ肌に、夏服の生地の薄いセーラーが張り付いて、アタシは下着が透けて見えていないか気にしながら待っていた。
「ナナセくんてどの子?」
 練習終わりの、ナイキのタオルで汗を拭うyoshiにスポーツドリンクを渡してアタシは聞いた。
 長い前髪をまっすぐ目の上に垂らした男の子をyoshiは指差した。
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