夏雲
 秋葉原に来たのは、アタシは実ははじめてだった。
 もちろんメイドカフェもはじめての経験だった。
 メイドカフェはビルの地下にあって、店の入り口には人、人、人。
 どうやら大変込み合っているようだった。そして皆、くたびれた表情で、くたびれた服を着ていた。およそお洒落とはかけ離れた格好のご主人様とお嬢様たちがベンチに座り首を長くしてメイドさんから名前を呼ばれるのを待っていた。
 メイドさんから説明を聞くと、どうやら十組以上お待ちなんだとか。
「ご予約のお名前は?」
「山汐で」
 山汐というのは、凛やツムギの苗字だ。
 アタシたちが予約を済ませると、お店からは大変ご満悦の表情の、よきにはからえと言わんばかりのご主人様が出てきた。
「いってらっしゃいませー。ご主人様ー」
 きっとあのご主人様も入店前はくたびれた表情で、くたびれた服を着ていたはずだ。くたびれた服はそのままだったけれど、表情が違っていた。
 一体中では何が行われているんだろう、とアタシが思ったそのとき、
「一名様でお待ちのレンニン様ー。レンニン様、いらっしゃいませんかー」
 レンニン様?
 アタシがポカンとしていると、
「あぁ、ハンドルネームでも予約できるからね、ここ」
 ツムギは言った。
「麻衣ちゃん何にも知らないんだね」
 凛が笑った。
 ハンドルネームっていうのは確か、インターネットで名乗る名前のことだ。
 そんな名前で予約をするなんて恥ずかしいよ、レンニン様とアタシは思った。
 しかもレンニン様は長い待ち時間に痺れをきらし、店の前を外していらっしゃったようで、
「きっとまんだらけとか、ゲーマーズとかに行っているんだろうなぁ」
 ツムギはそう言った。アタシにはもう違う世界の言葉。
「一名様でお待ちのレンニン様ー。レンニン様、いらっしゃいませんかー」
 自分の恥ずかしいハンドルネームが連呼されていることも知らず、今頃レンニン様は美少女フィギュアを片手にニヘラニヘラしているのだろう。
「一名様でお待ちのレンニン様ー。レンニン様、いらっしゃいませんかー」
 段々、聞いているこっちが恥ずかしくなってきたよ、レンニン様。
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