夏雲
 だけどぼくは長くいじめられすぎて、友達の作り方がわからなくなっていた。
 クラスメイトたちが楽しそうに笑っていても、いっしょに笑うことができなくなっていた。
 だからぼくは小説を読むことにした。
 ぼくは休み時間も授業中も小説を読み続けた。
 三年間で学校の図書室の本をすべて読み終えた。
 友達はひとりもできなかった。
 成績は一番下から十番目くらいになっていた。
 担任の教師はぼくが行ける大学なんてどこにもないと言った。
 それでも母さんは大学進学に固執して、ぼくは名前さえ書ければ誰でも合格できるような大学に入学したんだ。
 大学の入学祝に入学式で着るスーツとパソコンを買ってもらったんだ。
 パソコンの中でなら、ぼくはうまく人と話すことができるかもしれないと思った。
 こんなぼくにも友達や恋人ができるかもしれないって思ったんだ。
 だからぼくはチャットをはじめた」
 だからさっき、彼はアタシにチャットをしたことがあるかどうか聞いたのだ。
「毎日チャットに顔を出していたら友達はすぐにたくさん出来た。
 好きな女の子も、できた。
 アリスっていう名前で、東京のお嬢様学校に通う中学三年生で、両親は離婚しててお母さんとふたりで暮らしてるんだって言ってた。
 お父さんは日本人だけど外国の大学で教授をしていて、アリスも幼い頃は外国に住んでいて、だから英語がとても得意で、英検一級を持っているって言ってた。
 メールでケータイ番号を交換して毎日のように電話したんだ。
 春から三ヶ月、ケータイは通話料金だけで毎月五、六万飛んでいった。
 アリスもまだ顔も知らないぼくのことを好きだと言ってくれた。
 アリスに早く会いたかった。アリスもぼくに会いたがってくれていた。
 だけどぼくは不細工だし、背も低いし、女の子と直接話をしたことなんてなかったから、会ったらきっと一言もまともに話せないだろうし、顔も満足に見れそうになかった。
 一日中アリスのことばかり考えて、大学に行っても講義にはほとんど出ずに、ベンチに座ってアリスから来るメールを待ってるだけで、前期の単位はふたつしかとれなかった。
 母さんに泣きながら死んでくれって頼まれたよ。
 ぼくはできそこないだと父さんは言った。
 だから会うのが怖かった」
 シュウは生きることがとても無器用な人だった。
 とてもかわいそうな人だとアタシは思った。
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