夏雲
 凛の書き込みだけだった掲示板は、クラスメイトたちの目に触れ、美嘉に対する誹謗中傷が次々と書き込まれていた。
 そして昨日、美嘉の誕生日に、凛は美嘉にプレゼントを贈った。
 Chacoっていう名前の、最近女子中高生の間で流行ってる、大きなくまのぬいぐるみだった。
 美嘉はうれしそうにChacoを抱いて「ありがとう。ずっとほしかったの」と、とてもアタシにウリをさせてるとは思えないくらいのまっすぐな笑顔で笑った。
 だけど、そのぬいぐるみはただのぬいぐるみじゃなかった。
 美嘉の部屋に、大切に飾られるものとして選ばれたそれの中には、ツムギが秋葉原で揃えた色々な機材が詰まっていた。
 美嘉にけっして気づかれないように、デジタルビデオカメラのレンズは周到に取り付けられていた。カメラは最新の機種のもので、ワイヤレスで撮影した映像をパソコンでリアルタイムに見ることができるものだった。
 凛にここだよと教えてもらうまで、アタシも気づけなかったくらいレンズは周到に仕組まれていた。
 凛の思惑通り、Chacoが美嘉の部屋に置かれることになれば、美嘉の家からそう離れていない空き家に置かれたミニPCがChacoのカメラが撮影した映像を、「美嘉の部屋」と題されたホームページにリアルタイムにアップロードし続ける、パソコンにあまり詳しくないアタシにもよくわかるように、ツムギはそう教えてくれた。
 今日は、凛の計画がうまくいったかどうか、ツムギがアタシたちの前で、「美嘉の部屋」を見せてくれる、そういう日だった。
「お兄ちゃんは? まだ?」
 ナッツミルクティーを飲みながらアタシは言った。
 ツムギもアタシや凛と同じ待ち合わせ時間に秋葉原駅に集合するはずだったけれど、まだ来ていなかった。
「ほしいDVDがあるから、それ買ってから来るって」
 アタシは、そう、とだけ返事をして、ガトーショコラを口に運んだ。



 凛のベイクドチーズケーキとアタシのガトーショコラをお互いにフォークを伸ばして一口ずつ食べていると、凛が言った。
「麻衣ちゃん、ちょっとあそこの席見て。貴族が、貴族がいるんです……」
 アタシは凛がいきなり何を言い出したのかと笑いながら彼女が指差す方向を見ると、凛の言う通り、そこには確かに貴族がいた。
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