夏雲
 いたって普通の格好をしたお連れの方と談笑をしながら、お紅茶をカップに注ぐその姿、そのいでたち、その微笑み、足元にあるビレッジバンガードの福袋のような鞄、すべてが貴族の方なのだった。
 アタシたちは食べかけのケーキの写真を撮るふりをして、貴族の方に携帯のレンズを向けて何度も、何度も、ベストショットが撮れるまで貴族の方を写メに収め続けた。

 今度はまたお互いのケーキにフォークを伸ばしながら、凛が言った。
「麻衣ちゃん、ちょっとあそこの席見て。奥の四人用の席に座ってる人、お連れの人がいないのに、二人分のケーキと飲み物がテーブルに並んでるんだけど……」
 その男の人はずっとニンテンドーDSの画面とにらめっこをしていた。
 一体何をしているのだろう。お連れの人はいつになったら彼の元にやってくるのだろう。
 一度気になりだすのと、どうしてもその真相を究明しないといけない性分のアタシは、そっと席を立ち、トイレに行くふりをして、こっそりその男の人の汗ばんだ両手に握り締められたニントンドーDSの画面を覗き込んだ。
 そして、アタシは驚愕の表情を浮かべることになった。
「麻衣ちゃん、どうだった?」
 席に戻ったアタシに凛が聞いてた。
「あの人、たぶんあれ、恋愛シミュレーションゲームしてた……」
 お連れの人は最初からニンテンドーDSの画面の中にいたのだ。
 彼は二次元の彼女とカフェを満喫していたのだった。
 秋葉原には、世の中には、いろいろな人がいる。



 一時間くらい待って、ようやくツムギが、入り口の小さなドアを窮屈そうにくぐりぬけて、お店に入ってきた。
「遅いよ、お兄ちゃん」
 凛が頬を膨らませてそう言った。
 アタシたちはとっくに紅茶もケーキも食べ終えて、待ちくたびれてソファでぐったりしていたところだった。
「ごめん、ごめん。欲しかったDVD、なかなか見つかんなくてさ、はい、これ」
 ツムギはそう言って、ブックオフの黄色いビニール袋に入ったDVDを凛に渡した。
 凛はテープをはがして、DVDを取り出した。
 朝比奈クルミの冒険コスプレギャラリー、とDVDのタイトルにはあった。
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