貴方に愛を捧げましょう


──他意はない。馬鹿にしたわけでもない。

ただ、彼らしいと感じて。


「ははっ……」


顔ごと背け、めちゃくちゃに荒れてしまった庭を眺めようとした。

けれどすぐに顔を正面に戻される。

有無を言わせぬその強引な様にむっとして、掴まれた顎にある手を払い除けようと……したんだけど。

次にやってきたのは、噛んで血が出た唇を慰める、葉玖の舌。

頬に触れる彼の髪が……くすぐったい。


血を嘗めとり傷を塞ぐと、足の捻挫を治した時より遥かに早く、彼の顔が離れた。

と、思ったら。

今度は爪を食い込ませていたあたしの手を取り、口付ける。

──次の瞬間、再び熱い舌の感触がして。

そこからじわりと甘い震えが走った。


「どうか……お願いです」


掌に唇を当てながら、再度懇願する。

蜂蜜色の瞳は切実で、あたしはただ睨み返す事しか出来ない。

やめてほしいとも言えず、突き放す事も出来ない。

きっとすぐに捕まってしまう。

そんな逃げ腰な考え方の自分が嫌で、悔しくて。

この状況を打破するには、こうするしかないんだろう……。


「今更、あたしにどうしろって言うの…っ」


そう聞き返しながら、同時に思った。

そうよ、本当に今更なのに。あなたに“お願い”されるようなことじゃない。

傷が付くのは自分の体なんだし、他の誰かが傷付くわけじゃないんだから。

だから……あなたが、そんな悲痛な顔をしないで。


「私に仰って下さい」


不意に手から顔を離した葉玖は、もう一方の手も掴んで引き寄せた。

そして再び、甘い熱が掌に広がっていく。


「──…私に打ち明けて下さい。痛いのであれば、苦しいのであれば、私が治して差し上げましょう」

「……っ」


そんな優しい願い事って、ある…?

今までまともに誰かを頼ったことのないあたしに、そんな事が出来ると思うの?

──…出来ない。

少なくとも、今すぐというわけにはいかない。

このどうしようもない性格と、無意識的な反射行動は。

……だけど。


「貴女のお心に巣食う闇があるのなら、私が取り除いて差し上げたい。貴女を…──」

「──…分かった。もう……分かったから」


たまらず自由な方の手を前に出して、待ったをかけた。

こんなに甘く優しい言葉ばかり掛けられると、頭が本気で変になりそう。


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