貴方に愛を捧げましょう
澱みの無い綺麗な瞳には、あたしの顔が映り込んでいた。
こんな顔は見たくない、切なく歪んだ自分の表情なんて……。
それを見たくなくて、再び葉玖の頭を抱え込むように抱き締めた。
あたしには勿体無い。
あたしは、あなたに相応しくないのよ。
それに気付く日がいつか来れば良いのにね……。
「──…黙って寝なさい、葉玖」
あなたが傍にいると、なぜか不思議と落ち着いてしまうから。
以前のあたしじゃ考えられないくらいに。
少し不本意だとは思ってしまうけど、こうしているのは……嫌じゃないの。
心地良く響く、あなたの声が好き。
甘く香る匂いが好き、宝石のような瞳が好き、柔らかな毛の感触が好き。
あなたの獣の姿も。
けれど未だに、あなた自身に惹かれてはいても。
あなたが本心では望んでいるだろう、あたしが好意を持つという保証は、ない。
……だからこそ。
あなたの真っ直ぐな心は、あたしの暗く歪んだ心には……勿体無いのよ。
──…暗闇でふと、甘い香りのする柔毛に顔を埋めている事に気付いた。
瞼を開くと、目の前で黄金色の毛が風にさらさらと揺られている。
そして──面長の顔に嵌め込んだ宝石のような、蜂蜜色の瞳と目が合った。
「お目覚めですか…?」
「ごめん……寝てた」
巨大な狐に身を委ねて寝ていた事に気付いて、のっそりと起き上がる。
いつの間にか眠ってた。
……そんなつもりなかったのに。
欠伸を噛み殺していると、緩やかな風が一陣、縁側を吹き抜けていく。
それと同時に、狐の姿が陽炎のようにゆらりと消えた。
あたしのためにわざわざ獣の姿になったの?
すると今度は、上方から葉玖の声が降り注ぐ。
「謝る必要などございません。貴女のお陰で、私はぐっすり眠れました」
「今は……夜?」
「もうすぐ夜が明けます」
「そう……」
ぼんやりしたまま何気なく見上げると…──急激に目が覚めた。
目の前に広がる光景に驚いて。
「その蝶……なんなの」
数珠が巻き付いた刀を手に佇む彼の周りを、蝶が飛んでいる。
十匹近くいるだろうか。神秘的で鮮やかな青の蝶。
「里に群生する蝶です」
すごく、すごく、目が引かれる。
あの蝶の青は葉玖の炎と同じくらい……堪らなく惹き付けられてしまう。