貴方に愛を捧げましょう


「──…誰の声?」

「薺さんの声ですね」

「なずな、って……」


その名前って確か、律が前に言ってた……。


「薺さんは、私の従妹(いとこ)にあたる方です」

「ふーん……」


それを聞いたところで、どうしてあたしに伝言を聴かせたかったのかは分からずじまい。

興味を失ったようにそっぽを向くと、すかさず彼が傍にやって来た。

了承も得ず無遠慮に、けれど優しい手つきで頬を掌で包み、彼の方へ顔を向かされる。


「お分かりになって頂けましたでしょうか」

「なにが?」

「私は里へ戻らなくても良いのです」

「──…あっそ」


……なるほど。

だから聴かせたかったのね。里へ帰れと言わせないように。

それで嬉しそうに笑ったんだ。

なんだか、嵌められた気分。


どうして薺って人──葉玖の従妹だから人ではないか。

ともかく、それがどうして彼に里へ戻ってほしくないかという理由は、この際聞かない。

これ以上、葉玖の策に掛かるのは癪に触る。

思わずむっとして彼の手を払いのけ、再び顔を背けようとした──その時。

視界に入ったものに気を取られて呟いた。


「その刀……」

「刀…?」


あたしの視線を追って彼もまた刀へ視線を落とし、不思議そうに首を傾げる。

ずっと聞きたいと思っていた疑問を、ここでやっと口にした。


「その数珠、契約違反をした時にあなたを拘束していたのと同じものでしょ? 封印を断ち切ったのに、どうしてそれは消えないの」


すると葉玖は、ああ、と声を洩らして相槌を打ちながら刀を持ち上げた。

禍々しい雰囲気を纏う漆黒の数珠は、柄から鞘の先まで、相変わらず隙無くしっかり巻き付いている。


「この数珠は……私を拘束していた数珠と“同じもの”であって“同じではない”のです」


質問に対する答えを得たにも関わらず、全くすっきりしない。

……全然、意味が解からないんだけど。

不足だらけの説明に厳めしい顔をしてやると、葉玖は再度説明をと微笑んだ。


「この刀は、私の内に潜む悪気(あっき)や邪気(じゃき)を込めたもの。例え鞘に納めようとも、危険な事に変わりはない」

「危険なのは知ってる。だから数珠で刀の力を封じてるんでしょ。でも、あなただって力が弱いわけじゃないはず。あなたが持ち歩いて管理すれば、数珠なんて要らないんじゃないの?」


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