貴方に愛を捧げましょう
「苦痛に苛まれるあなたを見たくないから。それにまた封印されたら、あたしのした事が全て無駄になるでしょ。それが嫌なだけよ」
こう言っておくのが一番無難だ。
彼の見解を完全肯定したわけじゃなければ、嘘を言ったわけでもない。
そこで彼を見ると、美しい顔に蕩けるような微笑みが浮かんでいて。
あたしの頬を両手で包み込むと、親指で唇を優しく撫でた。
……嫌な予感がする。
「貴女は嘘をお吐きにならない、優しく温かい御方でいらっしゃる」
「ねぇ……あたしの話、ちゃんと聞いてた?」
「勿論」
あたしの問いに、簡潔な答えを一言返してきた葉玖は、甘美な微笑みを一層深める。
とっても嬉しそうに。
「由羅様のお手を煩わせるような事は、私も致したくはありません。……ですが」
そこで笑みが消え、代わりに何かを抑え込んだような、堪らないといった表情が浮かぶ。
「貴女の唇を奪いたい、とは考えております」
「──…っなにそれ」
唐突に想定外の事を言われて瞠目する。
そんな事を言われたからには、今すぐあたしから離れてほしい。
「今すぐあたしから離れ…──」
言おうとした言葉は、直ぐ様、唇を撫でた彼の指先に押さえられて阻まれる。
「由羅様、貴女は私にとって魅力的すぎるのです。その麗しい唇を何度奪いたいと思ったことか……」
「この憎らしい口を塞いでやりたい、の間違いじゃないの」
唇を押さえられたまま、もごもごしながら無理矢理喋ると、目の前の顔が困ったように歪む。
けれど唇の端には微かな笑みが浮かんでいて。
何かを抑え込んだような、あの堪らないといった表情とともに……。
「とても可愛らしいですよ、貴女が何をされても。例え、私を困らせるような言動をされても、ね…?」
「……っ」
ダメだこの人、重症だ。頭がおかしいにも程がある。
的確な言葉が見付からず、しばらく睨んで牽制してから手を払って立ち上がった。
蜂蜜色の瞳はあたしを追い、息がつまるほど妖艶な眼差しを向けられて。
その佇まいは美しく、この世のものではない存在を顕にしていた。
そんな彼を見下ろして、ついてくるなと再度牽制してから、部屋へ戻ろうと後ろを向いた。
──…後ろを向いた、はずなのに。
目の前には、艶かしさを孕んだ薄い笑みを浮かべる、葉玖がいた。