貴方に愛を捧げましょう


「噛み付かれないのですか…?」

「──…っ」


噛み付く…? 確か、そんなこと言ったような……。


「さぁ……どうぞ」


不意に後ろから伸びてきた手が口元に触れて。

唇を割ってそろりと侵入してきた指先が、歯に当たる。


「う…っ、ぁ……」

「このように貴女に触れる私に、罰を与えて下さっても良いのですよ…?」

「ふっ……ぅ」

「でなければ私は、我を忘れ、浮かれてしまう……」


歯列をなぞっていた指先が更に奥へと侵入し、まるで咥内を侵すように舌をゆったりと弄ぶ。

絶え間なく一方的に与えられる、むず痒いような感覚に浸(ひた)され、生理的な涙が滲む。

まともに呼吸する力も、抵抗する隙も、巡らせる思考も奪われていく。


「あぁ……」


感じ入るように溜め息をつきながら微かな声を洩らした葉玖は、暫くあたしの様子を眺めると……何も言わずに、再び唇を重ねてきた。

──けれど、その口付けは一瞬にして終わりを告げる。


やけに素早く離れていったく美しい相貌を、彼に翻弄されてぼんやりする頭で認識した後。

身体を引き寄せられたと思ったら、直ぐ様きつく抱き締められて。

次に鼓膜を震わせた、背後からの唸り声。

それは低く轟(とどろ)き、徐々に獣らしいものになっていく。

その刹那、吹き付ける不自然な突風を感じ──白み始めた辺りに、響く。


「お迎えに上がりましたっ、葉玖様!!」


唐突に告げられた、少年とおぼしき声。

拡声されたように不自然な程やけに響き渡るその声に、朦朧としていた意識がはっきりと覚醒した。

そこで顔を上げようとしたら、葉玖の腕に無理矢理押さえ込まれて、胸に顔を埋める形になる。

文句の一つでも言ってやりたいのに、それどころではなくなってしまう。


──突如、物凄い風がゴオッとを立てながら、勢いよく後方へ通り過ぎて。

次に、何かが床にぶつかる音が盛大に響き、そして──


「うぐっ」


何かが苦しそうに呻く声。

威嚇のように鋭く響く咆哮。

続いて、聞き慣れた声が告げる。


「里へ戻りなさい」


その威圧的な恐ろしく低い声音に、ぞわりと鳥肌が立つ。

ドンと重く響く低音に、思わず目をぎゅっと閉じたと同時に、全身が強張(こわば)った。


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