貴方に愛を捧げましょう
あれは普通の声じゃない、何か力の込められたものだ。
「葉玖様をお迎えに参ったんです…っ」
ビリビリと異様な気にあてられるあたしとは対称的に、突然の訪問者は懸命に言葉を発する。
未だに苦しそうな様子の声で。
「お願い申し上げます! どうか……っ」
「聴こえなかったのですか…? 何も言わず何も訊ねず、今直ぐ里へ戻りなさい」
「僕一人おいそれと戻る訳にはいかないんです…っ」
そこで唐突に会話が途切れた次の瞬間──再び威圧的な唸りが響く。
すると竦み上がったような、ひっ、と息をのむ音が続いて。
「私は戻らない。お前がここへ遣った狐は、術を解いて巣へ帰した。それが私の答えです」
実際に経験した事はないけど、異様な気を孕んだ声に、金縛りにあったように彼の腕の中で微動だに出来ない間。
ただ聞いている事しか出来ない会話で、彼らの目的がそれぞれ何なのか分かって、溜め息をつく。
相変わらず頭を揺さぶるような轟きに、ほとんど力が入らないまま胸板を押してみた。
「ちょっと……葉玖っ、離して…!」
石みたいに反応のない彼に、苛立ち紛れにそう言い放ったけど。
まるで何も受け付けないとでも言うように、ぴくりとも動かない。
多分、訪問者が帰るまでこうしているつもりなんだ。
──それって、すごく理不尽だ。
身体は動けなくても思考は働かせられる。
どう言えば離してもらえるか考えて……結果、ちょっとした嘘をつくことにした。
といっても、頭を押さえ込まれて息苦しいのに変わりはないから、完全な嘘とは言えないけど。
「苦しい、から…っ」
「──……」
すると息苦しそうな言い様が効いたのか、腕の力が緩んだ。
その瞬間を見計らって彼の身体を突っぱね、すぐさま後ろへ振り向き──駆けた。
「由羅様…っ」
引き止めようと懇願する声を無視して、蠢く九尾の後ろ姿を見つめる。
黄金色の巨大な狐──もとい葉玖が、片方の前足で白い何かを踏みつけていた。
揺れる九尾にするりと肌を撫でられながら、すぐ傍を通り抜ける。
大きな体躯に手を当てて支えにしつつ、その足元を覗き込むと──そこには。
白の狩衣(かりぎぬ)を身に纏った、杏色の髪の少年がいた。