貴方に愛を捧げましょう


細身の体は葉玖に踏みつけられ、苦しげに呻いている。

あともう少しというところで、鋭い鉤爪が胸に突き刺さりそう。

少年の顔は蒼白だ。


あたしと同じくらいの背丈に見える少年を、有無を言わせず一方的に捩じ伏せている葉玖は、牙を剥き出して威嚇している。

改めて彼を見ると、怒っているというよりは、相手を畏怖させようとしているみたい。

余りの衝撃的な光景に、あたしは思わず口にした。


「放してあげなさい、葉玖」


かなりの勢いで激昂している彼には、あたしの言葉も耳に入らないかもしれない。

そう思ったけど……不意に、全てがピタリとやんだ。

辺りは静まり、同時に大きな頭が傾ぐ。

知性的な眼差しでこちらを一瞥した狐は、ゆっくりと身を退いた。

そして入れ替わりに、美しい和装姿の葉玖が現れる。


「由羅様……」

「わざわざ迎えに来てくれたんでしょう? 脅し帰そうとするなんて、どうかしてるわよ」


なぜか憮然(ぶぜん)とした面持ちの葉玖をぐっと見上げ、率直な意見を述べると。

そこで目を伏せた彼は……何も答えようとしない。

そんな彼を見かねて、視線を移す。

その先には、ほっと息をつきながら胸を撫で下ろす、一人の少年。


纏う雰囲気は、どこか葉玖に似ている。

儚げな白い肌は言わずもがな、立つとやっぱり、あたしと同じくらいの背丈で。

杏色の髪は肩より少し上の長さで、極端な前下がりに切り揃えられた、いわゆるおかっぱ頭。


そこで不意に向けられた瞳──榛(はしばみ)色のそれが、確かにあたしの姿を捉え……驚愕に見開かれる。

そして憐れむような表情と声で、呟いた。


「葉玖様、またもや人間を……」

「──やめなさい」

「ぅ……、っ」


唐突に、暴力的なほど威圧感のある低い声が落とされ、途端に少年が膝をついた。

少年は全身を竦み上がらせ、微かに震えている。


「っ、申し訳ございません…!」


確かな力の込められた葉玖の威圧的な声に、あたしまで竦んだ。

彼を見ると、少年に向ける眼差しは恐ろしく冷徹で、温かみなどまるでない。

律と対峙した時以上だ。

何が葉玖の気に障ったのか、そのきっかけとなったものに、あたしは気付いてる。


『またもや人間を……』


跪く少年は確かにそう言った。

似たような言葉……確か、仙里も言っていた。


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