貴方に愛を捧げましょう
『──…私、好きな人がいるの。彼は私の為を思って、私を突き放そうとするけど……』
どうして急にそんな話をするんだろう。そう思いはしたけれど。
相手の事を考えているのか、彼女はどこか複雑で、けれどとても幸せそうな笑みを浮かべて、始業式へ向かう人達の波をじっと眺める。
そうしてふと柔らかな微笑みであたしを見ると、気持ちのこもった言葉を溢した。
その瞬間に自然と浮かんだ表情が、とても綺麗で。えもいわれぬ程に、純粋で。
『──でも、やっぱり好きなの。例え相手と自分に大きな違いがあっても、気持ちは変えられないし無くすことも出来ない。あなたは純粋な“人”だけど、彼は違う。だからこそ、あなた達がずっと気になってて……』
『えっ……?』
そこで不意に、思わず息を呑んだ。呆然と彼女を見つめ返す。
──ちょっと、待って。
頭の中でいろんな言葉が引っ掛かる。
『っ、それって…──』
まるで彼女は、自分とは“違う”者に想いを寄せているかのような……そんな言い種で。
そしてあまりに鋭い観察力に脱帽し、確かな気持ちの込められた言葉達にあてられて、何を言えば良いのか分からず声さえ出ない。
あたしの反応に気遣うようにそっと微笑む彼女は、続けて話した。
『あなた達をよく知らないのに、こんなこと言うのは図々しいかもしれないけど……彼の想いがあなたに伝わってるといいのになぁって、ずっと思ってたの』
『──…っ』
彼女の温かい眼差しと言葉が、すんなりと心に染み渡る。
……本当に、あたしの何を知ってるの? と、いつもの自分ならそう言っていたはずだろうけど。
なぜか今、そう言う気さえ起きなくて。
『一緒にいるって、傍にいられるって、すごく大切だと思うの。でも……そっか。いなくなっちゃったんだね』
まるで自分の事のように哀しげな表情を浮かべた彼女に、あたしはやっぱり、何も言葉を返す事が出来なくて……。
『棗(なつめ)、行かないの?』
突如、教室にやって来た又も見知らぬ女子生徒が、先客に向けてそう告げた。
あたしは驚いてはっとし、棗と呼ばれた目の前の彼女は、ぱっと花が咲くような明るい笑顔で応える。
『あ、うんっ。ごめんね、先に行ってて!』
『おっけー!』
教室を出た友達を見送る彼女の眼差しや表情は、本当に純粋だ。