貴方に愛を捧げましょう
心が歪んだあたしとは全然違って。
何かにおいて、歪んだレンズを通して見るあたしでさえも、彼女は真っ直ぐに映って見えて……。
『あ、そうだ! あなたって夏休み前に転校してきた望月さん、だよね!』
『──…そう、だけど……』
唐突に訊ねられた事にさえも、なぜか不思議と、彼女に対しては素直に応えてしまう。
そこで特徴的な長い黒髪を翻してドアに向かった彼女は、再びこちらに振り返って微笑んだ。
『私、霧島(きりしま)棗っていうの。良かったらまた、お話しよ!』
そうして彼女──霧島棗は、あたしの記憶に夏休み明けの始業式を、色濃く残した。
「──んで、それからはその霧島ってコと喋ってねーの?」
「話してない。挨拶はされたけど……」
あんな事があったけれど、彼女がほとんど一方的に話してきただけで大した間柄でも無いのに、今朝、彼女と鉢合わせした際にはこっちが気まずくなるくらい、盛大な笑顔で声を掛けられた。
向こうに他意は無いのだろうけど、正直、どう反応を返せばいいのか……分からなかった。
きっと真逆だろうお互いの性格も相まって。
「それにしても、俺以外にも視える奴がいたんだなぁ」
不意にそう呟いた律を横目に、机に顔を伏せてぼんやりと物思いに耽る。
……耽りたい、のに。
またも頭を滅茶苦茶に撫でられて、髪をぐしゃぐしゃにされてしまう。
「おい由羅、寝んなよ」
「……っ」
──鬱陶しい…っ!
思わず顔を上げ、いたずら好きの小学生のような表情をする律の手を、思い切りひっぱたいた。
その後、ちょうど授業開始のチャイムが鳴り、律は渋々といった様子で席に戻っていった。
あたしに構うのも今日で終わりだといいのに……。
無闇にあたしの側にいると、律がまた“あたしのよう”に、そしてそれは“あたしのせい”で、何か謂(い)われもない事を言われるかもしれない。
それは今学期が始まってから最初に彼と話した時に、先に忠告しておいた。
……けれど、尚も律はあたしに構おうとする。
彼を取り巻く環境が昔と大きく変わって、友達も出来て楽しく過ごしていたはずなのに。
あの時の、傷や痣だらけだった律が思い出される。
あれからどんな事があって、今の彼になったのかは分からないけれど。
今の律の邪魔になるような事は……したくない。