貴方に愛を捧げましょう
まん丸の藍色がこちらをじっと見上げている。これって……さっき見た、猫?
ぴたっと動きを止めて、キラキラと今にも煌めきそうなくらいに、瞳に興味津々な様を含んだ眼差しをこちらに向けて。
全身真っ黒で、少し長めの癖のある毛に覆われているそれは、二またに分かれた尾をゆらりゆらりと揺らしている。
……触り心地、良さそう。
触れてみたい。そう思った次の瞬間には、無意識に猫へ手を伸ばしていた。
けれど、それはが叶わず…──
「っ、わ……っ!?」
突然、ザァッ、と勢いよく風が吹き付けた。
何かを巻き込むような不思議な風が立ち上げ、思わずぎゅっと目を閉じる。
けれどそれはすぐに止み──そして。
「いた……!」
瞼を開いた瞬間、鈴の音が響くと同時にパッと人が飛び出した──…ように見えた。
目の前には、猫が消えた代わりに一人の少年が現れて。
反射的に後ろへ仰け反るあたしの両手を、一切の躊躇いも断りも無く彼の両手に、きゅうっ、と強く握りしめられていた。
なぜかとても……嬉しそうな様子で。
それは以前、一度会ったきりの彼だった。
「──えっ、と……確か、仙里…?」
「ん、仙里」
ただ名前を言っただけなのに、思わず戸惑ってしまうくらい、あどけない笑顔を向けられて。
人間ではないはずなのに、まるで邪気の無い、無垢な表情にあてられて。
正直、どう反応すればいいのか……。
「な、なに…っ」
「名前、覚えてて、くれた。───嬉しい」
違う…っ、そんなこと訊きたいんじゃなくて…──というか。
「あなたって……猫、だったの?」
「ん、ねこ──…えっと、“猫又”って、言われるから……そうだと、思う」
自分の事なのに、どうしてそんなに曖昧なの。
ふにゃっと破顔させる仙里を見てると、あまりキツイ事は言えなくて。
だけど確かに、以前家を出る際に見せたあの動作と跳躍力は、猫らしい。
「それで……こんなとこに何しに来たの?」
気まずくて、握られた手をさりげなくほどこうとしながら、訊いてみると。
ここにやって来た目的を、あたしが指摘した事でやっと思い出したのか、仙里はあっと声を上げた。
「葉玖に、謝らないといけなくて、それでここに、来た」
彼の名前が出た瞬間、仙里に握られたままの手をほどこうとするのを、ぴたりと止めた。