貴方に愛を捧げましょう
今更……なんなの。どうしてあなたが? どうして、ここへ来たの。
“彼”の名前が出た瞬間、堪らず仙里をきつく睨んだ。
するとあたしのぴりぴりした雰囲気を感じたのか、仙里は狼狽えた様子で、慌てて弁解するように話し出した。
「あの日、帰りに尊に会って、葉玖の匂いに、気付かれた。でも葉玖に、封印が解けたこと言わないでって、頼まれてた。なのに尊に、どうして匂いがするのか、訊かれた。だけど……本当のこと、言えなくて」
そこで唐突に言葉を切った仙里は、申し訳なさげに眉尻を下げる。
動転すると、彼の言葉遣いは更にたどたどしくなるらしい。
はっきり言って、かなり聞き取りづらいものではあったけど、おかげで冷静さを取り戻せた。
見てると健気なくらい、懸命に説明しようと必死な様子の仙里に、極力柔らかな口調で答えを促す。
「……それで?」
「走って、逃げた」
「──…、そう」
なんとも単純明解で、あまりに馬鹿正直で、素直な答え。
それを最後に、話し終えた仙里はしゅんとしたように項垂れた。
その様子で…──思い出す。
そうだった。純粋で嘘がつけない……確か、そんな事を言ってた。
うまく答えられなくて、困惑したんだろうか。今の彼を目の前にしてると、その時の様子が目に浮かぶ。
悪気など微塵もないのは見れば分かるし、それに……。
「わざわざ来てくれたところ悪いけど……ここにはもう、彼はいないわ」
「えっ…!?」
「里へ帰ったのよ」
「え、あっ……」
何と言えばいいのか分からない、といったところだろうか。
あわあわと更に狼狽える仙里は、未だに握られたままの手に不意にきゅっと力を込めると、あたしを藍の瞳でしっかりと捉えて謝罪した。
「ごめん、なさい…っ」
「──…いいよ、謝らなくても。あなたが言ってない事は分かってるし、過ぎた事はどうしようもないから」
……それに、こうなって後悔はしてない。
彼は帰るべきだったのよ。彼の本来居るべき場所へ。
その考えは、今も変わらない。
「ごめん、ね……」
物思いに耽って急に黙り込んだあたしに、仙里は再度、謝罪の言葉を口にする。
もういいから、と尚も気にする彼に念を押してから、何か彼の気を逸らせる話題は無いかと、考えを巡らせた。