貴方に愛を捧げましょう
そこでふと疑問が浮かぶ。
彼があたしの傍を去ってから数日経ってるのに……ほんと、どうして今更?
「それにしたって、あれからかなり日が経ってるけど」
未だに申し訳なさそうにする彼にそう指摘すると、一瞬、きょとんとした後。
考えを巡らせるように相変わらずのんびりとした口調で、答えを口にした。
「んと……道に、迷ってた」
「……、そう」
道もまともに覚えていないのに、わざわざ謝りに来るなんて。考え無しというか素直というか……。
こういうのって、天然っていうのかな……。なんだか、憎めない。
その余りに純朴な様に、だからといって蔑ろにも出来なくて。
「それで? これから……帰るの?」
あなたが一体、どこに帰るのかは知らないけど。
「んー……」
「……」
──…そうして暫く、仙里の答えを待ったけど。
ちなみに、休み時間の終わりを告げるチャイムも鳴ったけど。
彼は考え込んだまま、明確な答えは出さなかった。
……要するに、これからの目的は決まっていない、と。
「じゃあ、あたし教室に戻るから」
そう言ってその場から立ち去ろうとすると、不意に仙里がふにゃっと笑った。
それはもう、見ると気の抜けるような笑顔で。
「ん。じゃあ……ばいばい。また、ね」
「──…」
『またね』……か。
もう会う事も無いだろうに、彼のことだから、深く考えずに口にしたんだろうな……。
仙里は印象的な藍の瞳をきゅっと細めると、彼に背を向けたあたしの視界の端で、無邪気なまでに手を振っていた。
──その後、授業を終えてから。
再びあたしの元にやって来た律が、意外な事を話してくれた。
「さっき隣のクラスの奴に聞いたんだけど、霧島って、近衛(このえ)神社の孫娘らしい」
「近衛、神社…? 聞いた事ないけど」
この辺にある神社なのかな。
「小さい神社らしいから、知ってる人の方が少ないって。俺も知らねーし」
「ふーん……」
そこで相槌を打ちながら、思った。
神社を継ぐ者なら、何かしら不思議な力を宿したりするんだろうか。
「それって、あなたみたいに視える力がある事と関係あるの?」
「さぁ……どーかな」
彼女──霧島棗については、この時を境に、話す事も考える事もなくなった。