貴方に愛を捧げましょう


──…こんな所で、いつまでも居るわけにはいかない。

二人と鉢合わせしたくないのなら、自分の部屋に戻らないと……。





頭痛で霞む目をきつく押さえながら、ふらつく身体でなんとか二階の部屋に戻った。

そうして脇目も振らずベッドへ直行すると、カリカリ、と何かを引っ掻くような音がして。

ベッドに入ってから、窓に視線を移すと──そこには。

窓ガラスを引っ掻いてあたしを藍の瞳で見つめる、見覚えのある姿形をした黒猫がいた。


思わず溜め息をついた。

不審に思わないのは、これが五度目の訪問になるからだ。


「鍵開いてるから、姿変えて自分で窓開けて……」


布団に埋もれながら、もそもそと呟く。それでも彼には、ちゃんと聞こえているはずだから。

その証拠に彼は、少年にしてはしなやかで華奢な人間の身体に変化すると、自らの手で窓を開けて入ってきた。

相当寒かったのか、激しく身震いしながら慌てた様子で、ピシャリと素早く窓を閉める。

そうして布団に潜るあたしの傍に、邪魔にならないよう控えめにちょこんと座ると、気遣わしげにそっと話し掛けてきた。


「風邪、治って、ないの…? まだ、つらい? 痛い…?」


あたしが風邪を引いてから今回で三度も顔を会わせているため、顔色の悪いあたしを覗き込んだ仙里は心配そうな表情を浮かべて、そう訊いた。

彼の純真無垢な思いが伝わってくるからこそ、蔑(ないがし)ろには出来なくて。

毎回懲りずに、調子を狂わされてしまってる。


「治ってない……。そんなことより、風邪移るから来ちゃ駄目って言ったでしょう…?」


それだから、余り強い口調では言えなくて。

だからこそ、彼も言う事を聞いてくれない。


「僕、体強いよ」

「そういう事じゃなくて……」


言いたい事を解ってくれない仙里に、再び溜め息をついた。

彼には、こうして話が通じない事がよくある。

それだから、思い通りになった試しがない。


首を傾げて、暫く不思議そうな顔をしていた仙里だったけど。

不意に悲しげな表情を浮かべると、ぽつりぽつりと、話し始めた。


「だって……由羅、いつも一人でいる。独りは、寂しいよ」


唐突に話の趣旨が変わって、驚く。

いきなり……どうして、そんなこと言うの。


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