貴方に愛を捧げましょう
──…霞む意識を、冷えきった暗闇が支配する。


苛む嘔吐感と痛みが、遠退く意識を時折引き戻しては、あたしを寒さで凍えさせた。

時が経つにつれ、熱を発生させる為に身体を震わせる体力すら、なくなって。

浅い眠りに落ちては、頭痛に意識を引き戻されて。


「由羅っ」


──突然、廊下に響いた中性的な声。

けれど耳に届いたそれにすら、正常に反応出来なくて。


「起きてっ、起きて!」


ああ……この声は、仙里の……。

来ちゃ駄目って言ったのに……やっぱり、また……。


「由羅、いたよ! こっち、こっち!」


目を開いて声を発する事すら、出来なくて。

頭に響くから、静かにして……。

そう思う事しか、出来なくて…──


「──ああ…っ、どうしてこのような所に……!」

「……っ」


トクッ…──心が、強く打ち震えた。

鼓膜を優しく撫でた、甘く美しい音色。

ふわりと身体が浮き、暖かな花の芳香が鼻腔を擽る。


「生きてる? 由羅、生きてる?」

「ええ、ですが……身体が冷えきっている。温めなければ、このままでは…──」


夢は見ない方なのに……これは……これは、幻…?

手に当たった滑らかな布を引き寄せ、残る力を尽くして瞼を開いた。

霞んだ視界はもどかしい程ゆっくりとクリアになり、そして映る──世にも美しい、彼の姿。


「っ、ぁ……」

「──ああ、由羅様っ…!」

「──…っは、く……?」


今、この瞬間。それが在ることに気付いた。

ぽっかりと心に空いていた、大きな穴。

すとん、と。求めていたぬくもりがぴったりと、そこに嵌まって。


それは──衝動だった。

何も考えずに、全体重を彼に預ける。

危うくぐらりと横に倒れかけたあたしを庇って、後ろに引寄せたまま倒れた彼は……驚きに満ちた眼差しを、蜂蜜色の黄玉のような瞳を、こちらに向けた。


ポタリ、ポタリ、ポタリ。涙が溢れ、零れ落ちる。

止めどなく、塞き止めていたものが崩壊したように。

落ちた雫が、彼の白い頬を濡らす。

それは紛れもなく──あたしの流した、涙。


「っ、ぅ……っ」

「由羅様……」

「──…葉、玖…っ」


夢でも幻でもない。これは、現実。

あたしの求めていた、ぬくもり。あたしの、あたしだけの……太陽が。


今、ここに──確かに、在る。


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