貴方に愛を捧げましょう
第三章
──とある森の奥深くに、人知れず存在する里。
そこに建つ、最も大きな屋敷の一角にて。
長い廊下を華奢な体つきの者が一人、何処かへ向かって歩いていると…──
突然、左側にある襖が勢い良く開き、その身体は何者かの手によって、室内に引っ張り込まれた。
「刹(せつ)よ。何処へ行っておったのだ?」
華奢な身体は、一人の男の腕の中にすっぽりと収まっていた。
男が訊ねなから顔を傾けると、はらり、と銀の髪が艶やかに揺れる。
『刹』と呼ばれた少女は、突然の事態にも馴れた様子で表情を変えず、淡々とした口調で話し始めた。
「……威千(いち)様。この様な事はどうかおやめ下さいと、何時も御願いしているはずです」
「近頃、どうも忘れっぽくてなぁ。困ったものだ」
着流しに羽織り姿の美しい男──威千は、わざとらしくとぼけた様子で明後日の方向へ視線を向ける。
呆れた眼差しを威千に向けつつ、刹は自身を抱く腕をほどこうとしながら、彼の疑問に答えた。
「……因みに、父上と母上の元へ行かせて頂くと、きちんと申し上げました」
「そうであったかなぁ」
「言わせて頂きました、はっきりと」
事実をうやむやにしようとする威千に、刹はきっぱりと言い切った。
生真面目な刹に柔らかく笑った威千は、頑なな少女の頬を優しく撫でる。
「まぁ、そのように意固地になるな。待っておったのだ、刹を。此処に戻ってからというもの、お前は我を放ってあちこち駆けずり回っておっただろう。やっと、こうして刹を捕まえたのだ。構ってはくれんのか?」
言われて刹は威千の腕から逃れるのをやめ、そっと目線を下げた。
「……刹は、里の遣いとしての任を全うしなければ成らない身で御座います。刹は威千様の側仕えでは有りませんが、威千様のお望みとあったので旅路にお付き添いして参りました。故に、里へ戻ったとなれば遣いとしての任にも戻ったまでの事で御座います」
「その様につれない事を言うな、刹よ」
表情の乏しい刹の顎を持ち上げ、心底愛しげに目を合わせた威千は、不意にその美しい顔をぐっと寄せ…──
「余りに構ってくれんと……」
「──っ!?」
「刹に会えぬ間に募った想いが、こうして暴走してしまうからな」
「っ、おやめくださ…──、んっ…!」
刹を抱きしめ、小さな唇にそっと口付けを落とした。