貴方に愛を捧げましょう
暫くして…──漸く口付けから解放された刹は、威千の腕の中で居心地悪そうにしながらも、堪えるようにじっとしていた。
そんな事はお構い無しといった様子の威千は、それにしても、とのんびり訊ねる。
「折角こうして久方ぶりに里へ舞い戻ったと言うに、葉玖は何処へ行ったのだ? 暫く姿を見掛けんのだが」
「葉玖様は、里をお出になられました」
「なに、里を出たとな? 何故?」
本当に分かっていないのだろうかと怪しむ刹に、やはり威千はとぼけたように首を傾げる。
そんな彼に、刹は溜め息を吐きそうになるのを抑えつつ、落ち着き払った口調で説明した。
「お話が一向にお進みにならないからかと。四名揃ってしなければならない話し合いも、あと御二方に里へ戻って頂けない事には、何も進みませんから」
「うむ。それが大きな原因ようだな!」
いつもながら何事にも楽観的な威千は、話し合いが進まない事を全く問題には考えていないようで、表情には笑みすら浮かべている。
この里の行く末を気に掛ける身として、刹は控え目に解決策を提示した。
「……威千様、率直に申し上げます。やはりここは、薺様と威千様が…──」
「──否(いな)、その道は選ばん。薺も嫌がっている事を、刹も知っておろう」
刹の提案を迷う事なく切り捨てた威千の表情は珍しく厳しいもので、鋭い眼差しに射抜かれた刹の身体は、微かに慄いた。
「……っ、ですが……」
「何時帰って来るかも分からん奴をただ待っているというのは、実につまらん。こうしてはいられん。我が直々に迎えに行ってやろう!」
一瞬前とは打って変わって、明るく振る舞いながら再び優しい笑みを浮かべる威千に、刹は詰めた息を吐き出した。
いつものやり取りが出来る雰囲気に戻り安堵した刹は、勿論、と切り出す。
「威千様お一人で行かれ…──」
「ん? 我は葉玖の居場所を知らんのだ、道案内をしてくれんのか?」
「……威千様」
「我が道に迷い里に戻って来れなくとも、刹は構わぬと言うのか?」
「威千さ」
「ああ…っ、我が何処かで独り淋しく途方に暮れてしまっても、刹は良しとするのだな……」
「──…っ、解りました。御伴致します」
いつもの如く、やはり上手く丸め込まれた刹は今度こそ溜め息を吐き、威千は軽快に笑った。
── 第三章 ──