貴方に愛を捧げましょう
求めるものは
「──…由羅様、どうか……由羅様。瞼を開いて……」
ゆったりと漂う微睡みの中。
時折あたしの名を紡ぐ、トロリと甘く蕩けるような声が、鼓膜を優しく震わせた。
冷えきった肌を撫でる、熱く繊細な手を感じた。
「由羅様……貴女の力強く揺るぎ無い、真っ直ぐな眼差しが、私は大好きなのです。どうか……再びその美しい瞳で、私を見つめて……」
それらは意識をより奥深くに沈み込ませ、長い間得られなかった、心地良い眠りにつかせてくれた。
「恐れを知らない貴女の小さく愛らしい手で、私に触れて……。私の名を、その麗しい唇で紡いで……どうか、由羅様…──」
痛みも苦しみも無い、無意識の中。
あたしを包むのは、太陽のような温もりと、豊潤な花の芳しい香り。
切なくも甘い響きで紡がれる、美しい低声。
安らかな深い眠りに落ちていられるには、それで……充分だった。
額に、瞼に、唇に、頬に、首筋に……。
柔らかいものが、ふわりふわりと掠めていく。
「──…由羅様、……由羅様」
そうして掌に押し当てられた柔らかな感触に…──ふと、意識が醒めた。
ゆっくりと瞼を開き、霞もなく澄んだ視界に、ぼんやりしつつ不思議に思う。
判ったのは、ここがあたしの部屋で、自分のベッドに居る事。
肌に触れるのは、間違いようのない懐かしい感触。
薄暗い部屋で際立つ黄金色の大きな狐が、あたしを温めるように寄り添っていて。
目を覚ましたあたしに気付いた狐姿の彼が、するりと鼻先を頬に寄せた。
意図せず、ふっと笑みを溢してしまう。
そこで反対側に頭を傾け、あたしの手を握り締める彼に視線を向けた。
「──…葉玖」
喉が渇いて声は掠れていたけれど……それでも、はっと、息を呑む音が聴こえた。
美しい相貌には予想通り、涙が零れ落ちていて。
「由羅、様っ…! 由羅様……っ」
こちらに伸ばされた彼の手が、布団に埋もれるあたしの顔を包み込む。
「漸く、漸く目を覚まされたのですね…っ」
切なく歪む表情にも声にも、歓びが滲み出ていて。
堪らず頬を濡らす涙を拭い、やけに長い髪に指を絡めながら項に手を当て、引き寄せた。
「泣かないで」
顔に落ちてくる涙にくすぐったさを覚えながら、そっと微笑んだ。
「──…お帰りなさい、葉玖」