貴方に愛を捧げましょう
そうして然程時間も掛からず再び戻ってきた──もう一方の葉玖が、何かを手にしてやって来た。
お盆…? その上に、何か乗せてるみたいだけど……。
不思議に思うあたしを温めるように傍に寄り添う葉玖が、静かに口を開き説明する。
「眠られている間に、幾度も咳き込んでおられたので……貴女が目を覚まされたら何時でも飲んで頂けるよう、御用意しておいたのです」
咳き込んでいたのは覚えてないけど、喉が渇きすぎて痛いのは、それを記憶している証拠だ。
ベッドに座るあたしの前に、お盆を持って来た葉玖が跪くと、不意にふわりと魅惑的な香りが漂った。
彼が纏う花の芳香ではない。
喉を潤し、胃を柔らかく擽るような……。
「甘い匂いがする」
けれど、お盆の上に乗せられていたのは、徳利(とっくり)と盃(さかずき)。
これって……。
「お酒…?」
「醴(あまざけ)です」
あまざけ…? ああ、だから甘い香りがするんだ。
でも、うちにそんなものはないはず。
「これ、どうしたの…?」
「里から持ち寄ったのです。栄養価が高く、身体も温まります」
里から持ってきた…?
まるで、前もってあたしに飲ませるために持ってきた、みたいな言い方だけど……。
不思議に思い訊ねようとすると、先に察した葉玖は、僅かに苦悶の色を浮かべて答えた。
「仙里から、貴女の容態を訊いたもので……」
「そう……仙里に」
あなたが戻ってきたタイミングが、やけに良すぎるとは思っていたけど……そういう事だったんだ。
色々と、訊ねたい事は沢山あるけど──…でも、今は。
「それ、もらっていい…? 本当に喉が痛くて……」
すると一変、彼の顔がぱっと歓喜に溢れかえる。
余りにも素直で、眩しい程に。
「はい…っ、貴女の為にと持ち寄ったものなのですから、遠慮などなさらず……!」
「ありがと……」
ふわりと笑みが浮かんだ相貌を眺め、渡された盃を受け取りながら思う。
この反応だと、あたしが飲まずに断ると考えたのかな。
……まぁ、彼が去る以前のあたしの態度を思い返せば、そう考えてしまうのは当然なのかもしれない。
甘く芳しい香りを漂わせながら注がれる甘酒を見つめ、ふと気付く。
あたし、甘酒なんて飲んだことない。
その初めての香りに誘われるように、ゆっくりと盃に口を寄せた。