貴方に愛を捧げましょう
あたしを抱きしめる彼の身体からは、花のような芳香がした。
その香りを嗅いだら、虫達が狂ってしまうんじゃないかと思うような、極上の甘い匂い。
「いいえ、偽りなどではありません。貴女を心から愛します」
黄金色の長い髪が、耳元で囁く彼の唇が、あたしの肌に微かに触れる。
蜂蜜のように、じわりと甘ったるく響く声が、あたしの頭を眩ませる。
「“愛が欲しい”と言う貴女の望みを、叶えましょう」
あたしを無理矢理落ち着かせるかのような、感情を抑え込もうとするような……。
不自然なほど静かな声音で、淡々と言葉を発するそれは。
まるで……そう、暗示のよう。
それでも、あたしは抵抗した。
思考に靄がかかるような気分の中で、必死に言葉を言い募る。
「や……めて、離して…っ」
「貴女が、そう仰るのなら」
あたしをその腕から解放した彼は、案の定、妖艶な笑みを浮かべていて。
僅かに首を傾げ、蜂蜜色の瞳であたしを真っ直ぐ見つめてくる。
それを一目見ただけで、意識がぐらりと揺らいだ。
心臓が異常な速さで鼓動を打つ。
それはまさに、本能が危険を察知して高鳴らせている、早鐘のよう。
どうしようもなく惹き込まれる彼の瞳から無理矢理目を逸らし、とにかくその場から逃げようとした。
だけど、足取りがおぼつかない。
意識が……朦朧とする。
開けっ放しだった隠し扉の縁に手を掛けた、次の瞬間。
ふっと、目の前が真っ暗になった。
そして暗闇の中に……落ちていく。
身体の力が抜けて、膝が崩れ落ちた。
けれど、完全に倒れることはなかった。
そこで耳元に囁かれる、甘美な響き。
「貴女の望みを叶えましょう。貴女を心から愛しましょう……」
それが、意識を手放す前に聞いた──彼の言葉。