貴方に愛を捧げましょう


優しく微笑む彼に手を引かれ、浴室に入る。

けれど途中で立ち止まり、着物を纏ったままでいる事を問うと、彼は構わないと言って再びあたしの手を引いた。

和服に疎いあたしにでも分かる、彼の着物は相当上質なものだ。

だったらと、肩に掛けてくれた羽織りを返そうとすると、それも構わないと言って、今もなお羽織りは肩に掛かったまま。


……何が『構わない』というのだろうか。

お風呂から上がったら、真冬のこの気温でずぶ濡れのままいるわけにはいかないのに。

彼が風邪を引くなら、の話だけど。

風邪は引かないにしても、まさか、裸になるのが恥ずかしいとか…?

繊細なところもあるし、妙なとこでずれてる事もあるから……。





──…だからって。


「──…由羅様、御加減は如何でしょう」

「……」


こんな事までしなくていいのに……。

体調が優れないのだからと巧みな誘導に乗せられ、気付けば腰掛けるあたしの足元に跪く彼に、足を解すように洗いながら温めてもらっていて。

それがあまりに心地良くて、どうしても突っぱねる事が出来ないまま──今に至っていた。


「由羅様…?」


浴槽に張られたお湯から立ち上る蒸気が、しっとりと肌を撫でながら皮膚に浸透していく感覚に、全身の緊張が少しずつほぐれていく。

そこに籠った浴室で彼の声が不思議な力を伴って響き、ピリピリした神経の糸をそっと緩ませていく。

あたしに貸してくれた羽織りや着物が濡れるのを全く気にする素振りのない彼が、反応の無いあたしを気遣わしげに見上げ、答えを促す。


「仙里は……どうしたの?」


ふくらはぎを伝うすらりとした指先の細やかな動きをじっと見つめながら、ずっと訊こうと思っていた事を口にした。

すると彼もまた視線を落とし、足首へと手を移す。


「彼には、心からお慕いする御方がいらっしゃるのです。その御方に呼ばれたようで、貴女が目覚める前日に此処をお出になられました」

「そう……」


彼にも、彼の大切に想う者や居場所があるのね。

どこか頼り無さげでお人好しな印象はあったけど、律儀で純粋無垢な笑みを浮かべる彼だからこそ、追い払うような事は出来なくて。

こんなあたしにでも、無条件に優しく接っしてくれた仙里だから……。


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