貴方に愛を捧げましょう


「如何なさいました…?」


黙り込むあたしに向けられた葉玖の眼差しに気付き、曖昧な笑みを浮かべる。

こんな事を言うあたしは、あたしらしくないだろうか。


「別に……ただ、お礼を言っておくべきだったと思って」

「礼を…? 仙里に、ですか」


少し驚いているみたい。

それが何に対する驚きなのかは分からないけど、微かに瞠目する彼に、その訳を述べた。


「あなたが居ない間、あたしを気にかけて頻繁にここへ来たの……。あたしが倒れてるのを見付けてくれたのも、あなたを呼んだのも彼なんでしょう…?」

「──…ええ」

「あたしが頼んだ事ではなかったとしても、彼が善意でしてくれた事だと解ってたから……」


その時、その場で、礼を述べるべきだったのだろうけど。

意固地な自分が邪魔をして──…ううん、これは言い訳でしかない。

過ぎた事は変えられないけど、また会えたなら、その時はきちんと言葉で伝えられたらな……。

なんて、考えていたら。


「こちらから声を掛けずとも、仙里は再び貴女の元へ訪れるでしょう。言葉にして伝えなくとも、貴女の隠しきれない優しさは彼に伝わっています。だからこそ、幾度も貴女の元へ訪れてきたのでしょうから」

「──…っ」


また、だ。

また心の内を読んだかのように、そんな事を言うから。

もしかしたら……きっと、自身の心を見せないようにしてきた壁が、今は崩れ落ちているのかもしれない。

他者に向ける優しさというものを、あたし自身が本当に持ち合わせているのか、自分でも分からないけど。

あなたの声で紡がれる言葉を、素直に受け入れたなら。

それが一番……楽だと思えてしまって。


「あなたにも助けてもらったから、感謝しなきゃね……」


いつの間にか腕に移された彼の手の動きを、ボディソープの付いた掌の心地良さに、頭をぼんやりさせながらじっと見つめていて。

ふと気付けば、そんな事まで口にしてしまっている自分がいた。


「そんな…──礼など及びません。貴女を置いて此処を去った私になど……」


そこで空いた手を伸ばし、何か言い掛ける彼の唇に指を置く。

どうしてそうも遜ろうとするの。

あなたを責めるべき理由なんて、何もないのに。


「だけど、あなたはこうして戻ったわ」


それが何よりも、大事なことだと思うの。


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