貴方に愛を捧げましょう


「それにちゃんと理由があったんだから……置いてかれたなんて、思ってない」


微かに歪む彼の表情に目を移し、唇に当てた手を下ろそうとする。

その前に彼の手に腕をとられ、温かい肌の感触に思わずほっと息をついた。

いつの間にか緊張の糸が切れてしまっていたのか、思いが言葉となって──少しずつ、少しずつ。

ぽろぽろと零れ落ちる。


「すごく……情けない。ここまで無条件に、あなた達に手を差し出してもらって……」

「──…由羅、様…?」

「どんなに強がろうとしたって、必ずどこかでボロが出るんだから……」


目を伏せたことで、彼が今、どんな顔をしているのか確かめられないけど。

そうね……きっと、目を見張っているはず。


「仙里がね……言ったのよ。あたしがいつも一人でいるから、自分なら寂しいって……」



彼の手の動きが止まる。

ポタリポタリと、指先を伝っていく泡の落ちる音が静かに響く。


「その時はね、あたしにとっては一人でいる方が落ち着くんだって、そう考えてた。でも……」


そこでふと顔を上げた。

真摯な眼差しを受け、二つの黄玉から目が離せなくなってしまう。


「今、こうして葉玖といて……すごく落ち着いてる自分がいる」


はっと、微かに息を呑む音が耳に届いた。

それに構わず、話を続ける。


「物心つく頃には親が家に居なかったから、一人が常で、それが“普通”だと思ってた。だからこそ、あたしにとっての普通が一番落ち着いたし、寂しさなんて感じた事もなくて」


不意に彼の瞳の力から解放され、再び目を伏せる。

憐れんでほしいわけじゃない。憐れむ要素なんて、一つもない。

あたしにとって、それが普通だったんだから。


「ただ…──あなたが傍にいない間、あなたのこの……ぬくもりを、懐かしく思った」


動きの止まった彼の手を取り、そっと掴む。

そして顔を上げ、真っ直ぐに彼を見つめた。


「あなたがここを去る前にあたしが言った事、今も変わらないわ。あなたは暖かい、日溜まりみたい。まるで太陽のよう……」


掴んでいた手を握り返した彼の頬に、涙が溢れ落ちた。


「っ、由羅様……っ」


彼の切なげに震える声が、あたしの心に染み渡る。

あなたの涙が、声が、眼差しが、あたしの心に潤いを与えてくれる。

それを確かに感じて、そっと微笑んだ。


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