貴方に愛を捧げましょう
大きな狐の姿の葉玖に体温を分け与えてもらいながら、しんとした部屋で目を閉じる。
正直言うと……眠れない。
未だ朝方で、しかも体調が悪くなってからというものずっと寝てばかりだから、体調が髄分回復した今となっては眠気など無いに等しい。
再び瞼を開いた向こうには、黒の狩衣姿のあの子がいて。
葉玖達が出ていった部屋の外を見つめ佇む静かな姿を眺めながら、なんの前触れもなく口を開いた。
「あなた、尊って子とキョウダイなの…?」
「──…はい、尊は双子の弟になります」
突然あたしに話し掛けられて一瞬戸惑いの色がよぎったけれど、初対面からの相変わらずの落ち着いた雰囲気と物言いで答えが返ってきた。
弟の方は葉玖に気圧されて緊張感で強張った落ち着きのない印象だったけど、対する姉の方は冷静沈着で終始落ち着いて物静かだ。
話をするなら彼女のような者が一番良い。
「あなた達が何をしに来たのか、聞いてもいい?」
「……」
一瞬思案する様子で押し黙ったあと、彼女は再度口を開いた。
「貴女のその表情を見させて頂く限り、すでに見当は付いておられるように思いますが……」
「見当は付いてても、それが事実とは限らないでしょう」
あたしの言い分が最もだと思ったのか、そこで不意に視線があたしの背後にちらりと逸れ──その意味に気付きつつも、そこには触れずに次に続く言葉を聞いた。
「……申し訳ないのですが、この件に関して自分は勝手に判断しても良い立場ではありませんので、詳しい事は威千様や葉玖様にお訊ねして頂くしかありません」
「──…そうね」
そういう答えが返ってくるのは予想してた。
だって彼女が何もかも話が出来るなら、葉玖はこの部屋で話をしていたはずなんだから。
振り返ってすぐ目の前にある長い鼻面を軽く小突いた。
あなたの意図は分かってるのよ。そう意味を込めて。
……あと。
「あの子を脅すのはやめなさい、大人げないわよ」
「い、いいえ、脅されてなど……っ」
慌てた様子でそう言う声が後ろから聞こえてきたけれど、無視した。
そこで見計らったようなタイミングで葉玖が部屋に戻ってくる。まぁ、目の前に分身がいるんだから“見計らう”も何もないんだけど。
「葉玖よ、まだ話は終わっとらんぞ」
「貴方の仰る通りだとしても……私は」
真っ直ぐにあたしの元へ来た葉玖は、厳しい表情でベッドの脇に跪いて手を伸ばす。
顔にかかった髪を避けた指先がフェイスラインをゆったりと辿り、甘美な微笑みがふっと浮かんで。
「二度と、貴女を置いて何処へも行きはしない。何があろうと……」
──確信に至る。
やっぱり……彼らは葉玖を連れ戻しに来たんだ。