貴方に愛を捧げましょう
暫く、沈黙が続いた。
優しく頬を撫でる葉玖の指の感触を大人しく感じながら、あたしを探るような目付きの銀髪の彼をじっと見つめる。
沈黙を最初に破ったのは、彼だった。
「──では、媛も里へ連れて行けばよいではないか」
「彼女には関係のない事です」
葉玖は振り返りもせず、吐き捨てるように冷たく言い放った。
そこで思わず視線を葉玖に戻し、彼を睨み付ける。
関係ない? これだけ……ここまであたしを巻き込んでおいて?
「ちょっと……っ、葉…──」
「我が弟よ、意固地になるのも大概にせんか」
「──…玖、……えっ?」
……、弟?
「今後も共に居たいと言うならば、そういう訳にはいかぬ事をお前も重々解っておろう。我はお前達を無理矢理に引き離そうなどとは思っておらん。……ただ」
視線が葉玖からあたしへと移る。何か意図的なものを匂わせながら、こちらに一歩近付いて。
「お前が“人の子”を里へ連れて行くと言うのであれば、話は別だ。我が連れても良いと思えるような者であれば、誰も口出しはせんだろうが」
「兄上っ……!」
そこで葉玖は漸くあたしから離れて自身の兄と対峙するように向き合った。
兄上……って。二人は兄弟ってこと、か……。
起き上がって彼らを冷静に眺めながら、ふと横目に見えたのは二人を見つめる刹という子の不安げな表情。
「もう少し余裕を持たんか、葉玖よ。時代は移り変わった。今の時代、そう簡単に大切な者を失う事はなかろう」
腕を組んで静かに葉玖を見つめる彼は淡々と言葉を紡いでいて、それは弟に対する接し方にしては少し冷ややかにも見え、逆撫でしているようにも思えた。
そんな兄に対して、葉玖は微かに震えているかのような声で言い募る。
「何故そう言い切る事が出来るのです……! 此処から去った後に体調を崩され倒れていた彼女をこの目に映した時は背筋が凍る思いがした…っ、私が彼女を置いて去ることなどなければ、その様な最悪の事態は避けられた……!」
いつもの丁寧な物言いを崩した葉玖に、体調を崩したのはあたしの自己管理の問題でしょ、と自分のことなのに他人事のようなことをこの状況の中で言いかけた。
けれどそこで葉玖を容易く押し退けた彼の兄が、あの冷静な鋭い瞳で不意にあたしを射抜くように見下ろす。
その瞬間には、あたしの後ろにいたはずの大きな金狐が牙を剥いて自身の兄を威嚇していた。
そんな事などお構い無しといった様子の兄は、唐突に背筋を震わせ息を呑む程に美しい笑みを浮かべてあたしに問う。
「そなたと話をした次第で我の考えは変わるかもしれん。どうだ、我と話をしてみる気はないか?」
これは……あたしに対する挑発、と取るべきなのだろうか。違ったとしても、何であれ返事は決まってる。
「……、構いませんけど」