貴方に愛を捧げましょう


すると案の定、葉玖があたしと彼の兄を止めに入る。


「貴女は未だ完全には体調が優れていないのですから、ご無理なさらないで下さい……! 兄上も彼女に…──」

「──葉玖、落ち着いて。あたしは大丈夫だから」


ベッドの壁際に押し戻そうとする狐姿の葉玖に逆らって、目の前にある本体の着流しの裾を掴んで軽く引っ張ってみた。

そこで漸くこちらへ振り返った葉玖は、羽織を掴んだまま放さないあたしの手を取ってすっとしゃがむ。


「話くらい出来るわよ、だから」

「……っ」

「葉玖……」

「由っ…──!」


彼が何か言う前に自由な方の手で彼の顎を掴んで引き寄せ、その唇をキスで塞いだ。

いつも彼が仕掛けてくる、絡み付いて甘ったるい目眩がするようなものとは余りにかけ離れた、随分あっさりしたものだったけど。

“あたしから”キスをしたという事実だけで、充分に意図していた結果となってくれた。


「少しくらい、待てるでしょう? あたしを信じて」


驚愕の表情を浮かべて固まる葉玖に、前髪で隠れた瞳を覗き込むようにして語りかける。『あたしを信じて』なんて、まさにあたしの口から出るような言葉じゃない事を彼もきっと感じたはず。


「そう言うてくれとるのだから、お前の媛に任せてみよ。我とてお前と言い争いなどしたくない」


その言葉を敢えて無視して、切なげに歪んだ彼の頬をそっと撫でた。

あなたの兄が、何を考えてあたしと話がしたいなんて言ったのかは解らないけど……それで何か変わるなら。


「ほら、行って。終わったらすぐあなたを呼ぶから」

「必ず、必ず……っ」


頬に当てたままのあたしの手を取ってその掌に口付けた彼は、彼の兄に共に居るよう言われた刹という子と一緒に…──部屋を出ていった。

二人が廊下に出た瞬間、明らかに障子がひとりでに勢いよく閉まる。

スパンッ、と乾いた音が大きく鳴り響いた奇っ怪な現象に迷わず首を横に向けると、片腕を伸ばしたその掌に見覚えのある青白い炎が彼の銀髪を妖しく照らしていて。

葉玖達が出ていった障子に向かって、彼が掌に灯された炎に息を吹き掛けた。


「ちょっと……!」


思わず批難の声を上げようとしたのも、無理はない。常識的に考えれば障子に炎が移れば燃えてしまうだろうけど、そこは彼ら特有の不思議な力。

まるで炎に命を宿したように勢いよく放たれたそれは、障子に留まらず壁に這うように移動し、パチパチと小さな青い火花を散らしながらあっという間に部屋全体を包み込んでしまう。

燃えているものもそんな様子も何もない。ただ部屋は青白く見え、屋外の物音が完全に遮断されたように音を無くす。


「何したんですか」

「葉玖に話を聞かせぬよう術をかけた」

「どうしてそんな必要が? 彼に聞かれたくない内容だからですか」


まるで悪意の無さそうな笑顔に警戒しつつそう訊くと、目の前の彼は唐突に笑いだした。

何が可笑しいのか、否定するように手を振って笑っている。


「いや、あやつの気を乱してやりたいだけだ。反応が一々面白いからの」


……はあ。


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