貴方に愛を捧げましょう
「つまり、葉玖をからかっている……と」
「そうだ。刹に叱られてしまうかもしれんが、まぁ良い。我が弟が後にどの様な顔をして現れるか楽しみにしていようではないか」
軽快な笑い声を上げながら、いつの間にか消えてしまっていた葉玖の狐姿の分身がついさっきまで居たベッドの端に、彼が腕を組んでどさりと座る。
くくくっ、と肩を震わせ楽しげに笑う彼を眺めていると益々何を考えているのか判らなくなってくる。
「弟は我に似ず至極真面目だからなぁ。昔から今も変わらず、大層からかい甲斐があって面白い」
……まぁ、それは解る気がするけど。そんなことより。
「あなたの術を破って葉玖が部屋に入って来ることは考えないんですか」
「我の術を破って? 術を破るにはこの家を壊すことになろうが、そこまではせんだろう。我がそなたを取って喰おうなどとは思っとらんことを、奴も解っておる」
「じゃあ何の為にこんな事を? まさか葉玖をからかう為だけにこんな事したんじゃないですよね」
どこかおどけた様子の彼に、あたしは前置きもなしに直球でそう訊いた。
すると途端に笑みをなくした彼は、一息置いた後に再び小さく微笑んだ。ここに来て初めて見せた、穏やかな表情。
「そうよな……先ずは、弟を封印から解き放ってくれたそなたに礼を言わねばならん」
「そんなの、別に大したことじゃ……」
「いや、言わせてくれ」
あたしに否定の言葉を最後まで言わせないうちに顔を上げた彼は、真っ直ぐにあたしを見つめて感謝の意を述べた。
改めて瞳を向けられて気付いた、その眼差しはただ鋭く冷たい訳ではなかったこと。
葉玖よりも更に強く確かに感じられる、悠久の年月を経た者が宿す不思議な力。
「我が弟に自由を与えてくれたそなたに、言葉では伝えきれない程の感謝をしている」
「お礼なんていいです。あたしは……ただ」
そこでぐっと言葉が詰まる。言わなければ彼には分からない……あの時の、あたし思い。
「彼を戒める封印を解こうと決めた時は、彼を疎ましく思っていて……彼を自由にして、あたし自身からも解放させてあげたかっただけだから」
「それはそれは、何とも穏やかならん理由だったのだな」
あたしが述べた事実に、先程とは打って変わって再び彼がおどけたような笑みを見せる。
反応や表情がコロコロ変わって……この人、本当に何を考えてるのか分からない。
「……葉玖に聞いていないんですか」
葉玖には直接具体的な理由を言った覚えはないけど、きっと気付いていたはず。
この人は一体、どこまで話を聞いているのか……。