貴方に愛を捧げましょう
それから暫く沈黙が続き、あたしが何も答えられないでも気を悪くした様子もなく唐突に立ち上がった彼は、相変わらず腕を組んだまま楽しげな表情で部屋の中を眺めていた。
そこで初めて彼の全身をじっくり見た気がする。
柄の無いシンプルな黒の着流しの上には、深く沈みかけた暗い夕陽のような深紅の羽織り。
そこには彼岸花が彩られている。葉玖と同じだけれど、彼のそれは実際には目にしたことのない純白の彼岸花。
「──しかし解らんな」
「……?」
妖艶さまでも感じさせる美しい彼岸花に目を奪われていたところで、不意に聞こえた声に現実へ引き戻される。
反射的に顔を上げて首を傾げると、何が、と問うまでもなく彼は続きを話した。
「そなたが何を気にして我に先のような事を言うたのか。あれでは我に、そなたと葉玖との仲を裂かせようとしておると捉えられかねんぞ」
そこであたしは自分に引き寄せるようにして抱えた膝のてっぺんに顎を乗せて彼から視線を下ろした。
冷静さを取り戻した今になって気付けた。自分でも訳が分からず余計な事を話してしまった理由。
「そう、仕向けていたんだと思う……多分、無意識に」
「それはまた何故」
そこで彼はまたベッドに座ってあたしと向き合った。
穏やかな表情で、口元にはふわりと笑みが浮かんでいる。面白がっているというよりは、何か興味を惹かれているような面持ちで。
一呼吸置き、そっと息をついてから口を開いた。
「あたしなんかといても、彼にとっては何一つ報われる事なんてないだろうから……。葉玖にも話したの。彼があたしを愛してくれても、それに見合うような気持ちをあたしからは返せないだろうってこと」
「そなたは、弟を好いとらんのか」
そう聞き返しながら驚愕の表情を見せるけれど、それにしてはどこか本気で驚いているようには思えない。
声は明るいし、おどけていた時の彼の様子に雰囲気が似ているから。
「今まで誰に対しても好きだなんて思った事がないのに、彼に対してそういう意味の感情を自分が持っているのかなんて、分かるはず……ないから」
話した理由を聞いた彼は、ふむ、と顎に指先を添えて思案するように間を置いた。
「……そういうことか」
呟いた彼は、おもむろに立ち上がったかと思うとこちらを向いて思案顔のまま話を続ける。
「では訊くが、そなたは葉玖が傍に居て安心せんか? 傍に居たい、居てほしいと思わんか?」
「……」
その問いは──案外、すんなりと答えが出てくる。