貴方に愛を捧げましょう
「それと、もう一つ頼みがあるのだが……聞いてくれるか?」
文字通り悪戯な提案を持ち掛け、笑みを浮かべたまま姿勢を正した彼は不意に真面目な顔をする。
この人、頻繁に表情が変わるなぁ……。葉玖の常に感情を抑えたような感じはなくて、兄の方は寧ろ、感情表現が豊かで兄弟なのに正反対な性格にも思える。
「何ですか」
取り敢えず頼みを“聞く”だけなら、まぁ……。
「葉玖と伴に、我らの里へ来てはくれまいか」
……やっぱり。
「その事なんですけど、葉玖が言ってた……彼の今の立場上そんな事をすればあたしを失う、とか」
「そなたを失う? はて、どういう事やら……」
顎に指を添えて考え込んだ一瞬後、ぱっと表情を和らげた彼は軽快に声を上げて笑った。
「そなたは我が弟を解放してくれたのだぞ、里へ連れたところで何もせん。寧ろ良い待遇を受けるだろう」
「じゃあ、どうして葉玖は──」
「あやつは引け目を感じておるのだろう、封印されたそもそもの要因にな」
「そうですか……」
結局、その話に戻ることになるのね。
「まぁ、その話は後に当人同士ですればよい。とにかく一先ず葉玖に里へ戻ってもらわねばならん。どうだ、弟を説得して伴に里へ来てもらえんか?」
彼の言う通り、葉玖の過去についてはいずれ訊いてみるということにして。今は…──
「……あたし、取り敢えずまだ学校へ行かないとならないので。冬休みに入ってからなら……別に構わないですけど」
どうせ何もすることないだろうし。彼らの棲む『里』ってどういう所なのか一度見てみたい気もする。
「そうか、それは良い返事をもらった! ところでその『冬休み』というのは何時からなのだ?」
「あと一週間と少しくらいかと」
「一週間か……。それでは葉玖と少しばかり話をした後は、一先ず刹と里へ戻っておくべきだろうか」
うーん、と小難しげな顔をして逡巡する素振りを見せた彼は、唐突に我に返ってこちらに視線を戻した。
「──では、術を解いて部屋を出るぞ」
登場も話の終わり方も、本当に唐突だな……。
「病み上がりのところを邪魔してすまなかったな、弟の為にもそなた自身の身体を大事にしてやるのだぞ」
邪魔した本人がそれを言う? なんて皮肉は心の中で呟くに留めておき、ただ頷く。
そこで彼は再び笑顔を──それも悪戯な雰囲気をこれ見よがしに漂わせて笑い、あたしに告げた。
「それと、くれぐれも我の助言を忘れず、目一杯我が弟を歓ばせてやれ!」
……言われなくても。